河村勇輝の現在の契約状況は?過去の経歴やバッシュ・彼女まで調査

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河村勇輝

日本のバスケットボール界において、若き司令塔として目覚ましい活躍を見せる河村勇輝選手。
その圧倒的なスピードとゲームメイク能力で、国内外のファンを魅了し続けています。
Bリーグでの最年少記録更新から、NBAへの挑戦、そして日本代表としての活躍は、まさに日本のバスケ史に新たな1ページを刻んでいます。

この記事では、河村選手の現在の契約状況を深く掘り下げるとともに、輝かしい過去の経歴、足元を支えるバッシュの秘密、そしてプライベートな部分である彼女についての情報まで、徹底的に調査し、その魅力の全貌に迫ります。

河村勇輝とNBAチームの現在の契約状況について

河村勇輝選手は、2025-26シーズン開幕前のサマーリーグでの活躍が認められ、シカゴブルズと2way契約を結びますが、開幕直前の7月に右足の負傷により契約を解除されました。

その後チームにも所属していない状況でしたが、引き続きシカゴに残りブルズの練習施設でトレーニングを行っているそうです。
そして、2026年1月シカゴブルズと再契約すると発表されました。

右足の負傷と報道されていた原因は、「右下腿の血栓」だったと発表されました。
ブルズはこのケガに関して選手生命に関わる問題だととらえた一方で、河村選手のパフォーマンスには太鼓判を押していました。
そのため、シカゴの施設を提供し回復を待ち、今回の再契約に至ったのです。
河村選手への期待が取ってわかります。

河村選手のこれまでのNBA挑戦の道のりをまとめました。

シーズンチーム契約
2024-25シーズンメンフィス・グリズリーズ2Way契約
2025-26シーズンシカゴ・ブルズ2Way契約

河村選手は、Bリーグの2022-23レギュラーシーズン最優秀選手賞(MVP)を始めとする6冠を獲得しました。
その後、2023年FIBAワールドカップ、2024年パリオリンピックでの活躍が世界の目に留まり、NBAへの道を切り開いたのです。

2024年夏にメンフィス・グリズリーズと「エグジビット10契約」を結んだことから始まりました。
エグジビット10契約とは、トレーニングキャンプに参加するための最低年俸での「無保証」契約です。
多くのライバルとしのぎを削り、次の契約を勝ち取らないと次の保証はありません。

河村選手のもとには複数のオファーがあったようですが、グリズリーズを選んだ理由としは自分と同じような体格の選手が活躍していたという点があったようです。

一番熱意があって、ジェイコブ・ギリヤード選手のような選手になってほしいと具体的な話もあり、ビジョンが見えた

https://the-ans.jp/news/435272/

また、日本代表でともに戦っていた渡邊雄太選手がかつて所属していたチームということも決めての一つになったと思われます。
この時点で、自己分析を行って活躍できる可能性があるチームを選んでいるという点に、河村選手のクレバーな一面が垣間見えます。

そんな河村選手に、運も味方します。
所属していたNBAのレジェンド、デリック・ローズが引退を発表
これにより2Way契約を結んでいた、スコッティ・ピッペン・ジュニアがグリズリーズと本契約し、2Way契約の枠が1つ余りました。

もちろん運だけでなく、河村選手は結果を残したこともあり、見事2Way契約を勝ち取ることとなりました。
運をつかみ取る力、一流選手にはこれがあります。
※2Way契約とは、NBAチームと下部リーグであるGリーグの両方でプレーする機会が与えられる契約

しばらくは下部組織のGリーグで経験を積み、NBAへ…というシナリオを予想していましたが、エースポイントガードのジャ・モラントの怪我などからNBAデビューが想定よりも早く訪れます。
2024年10月26日、ヒューストン・ロケッツ戦で日本人4人目のNBAプレーヤーとしてコートに立ちました。
その試合で、見事アシストを記録しました。

NBA挑戦初年度となった2024-25シーズンの成績は以下の通りでした。

チーム出場試合平均出場時間平均得点平均アシスト平均リバウンド
グリズリーズ22試合4.2分1.6点0.9本0.5本
ハッスル(Gリーグ)24試合31.0分12.4点7.8本2.6本

Gリーグでは安定的にプレイタイムを獲得し、体格差をものともしないスピードで活躍を見せた。
一方でNBAでは、出場機会は得たものの主にガベージタイムの出場となった。
しかしながらアシストでは観客を魅了し印象付けられたのではないでしょうか。
現地ファンを味方に付けたようで、「We want Yuki」コールは印象的でしたね。

2025-26シーズンは、かつてマイケル・ジョーダンが所属していたシカゴ・ブルズから招待を受け、サマーリーグに参戦しました。
当時ブルズは2Way契約の枠が埋まっており本契約は難しいのではと囁かれていましたが、その噂を実践で覆しました。
最終戦では、3Pを6本決め20得点10アシストとアピール。
その活躍が認められ、ブルズはジャミール・ヤング選手との解除し、河村選手と2Way契約を結ぶことになった。

サマーリーグの活躍はこちら↓


しかしながら、2025年10月18日に契約を解除したとの発表がありました。
公式には「健康上の理由」とされており、右足の負傷が原因だったようです。
NBAのシビアな環境を目の当たりにさせられました。

河村選手は日本へ帰国せずシカゴへ残り、ブルズの施設を利用してリハビリに励んでいるという情報があります。
ブルズが河村選手を評価している証拠でしょうか。
今後シカゴブルズに戻ってくる可能性もあるかもしれません。

今後の動向に注目しましょう。

河村勇輝の輝かしい経歴

https://basketballking.jp/news/japan/univ/20220304/361674.html

ここで、河村選手の過去の経歴について遡ってみましょう。

河村選手は山口県柳井市出身。
父親の影響で6歳からバスケを始め、山口県の柳井中学校に進学。
中学校時代にはチームを全国大会に導き、ベスト16を経験しました。

その後、名門の福岡第一高校に進学します。
福岡第一といえば全国大会常連で、インターハイ優勝4回、ウィンターカップ優勝4回を誇る超バスケ強豪校です。

中学で全国大会出場という結果を残していた河村選手ですが、当時はプロ選手はもちろん、高校・大学でもトップレベルでプレーすることをイメージしていなかったようです。
その理由の一つが、当時170㎝に満たない身長でした。
そのため、強豪校からのスカウトもほとんどなかったそうです。

そんななか、河村選手の才能を見抜いた福岡第一高校の監督、井手口孝先生は河村に声をかけ入学することになります。

ただ、河村選手はすんなり福岡第一を決めたわけではありませんでした。
当時、最も注目を浴びていたガードの小川麻斗(現・京都ハンナリーズ所属)が福岡第一を決めており、もうガードは不要ではと入学を悩んでいたようです。
しかし、井手口孝先生はツーガードを想定していると説明され入学を決意することになったのです。

そんな福岡第一への入学の経緯は、井手口孝先生著の『走らんか!』で綴られています。
興味のある方はぜひ読んでみてください。

福岡第一高校入学後は、1年生からプレータイムを獲得し活躍の場を広げていきます。
2年生時にはウィンターカップ優勝、3年生時には小川麻斗とダブルキャプテンを務め、インターハイ優勝、ウィンターカップ連覇の2冠という輝かしい成績を残します。

高校三年時の部活引退後には、Bリーグの三遠ネオフェニックスに特別指定選手として加入します。
当時の史上最年少出場・最年少得点記録を更新する活躍を見せました。

https://basketballking.jp/news/japan/univ/20220304/361674.html
出場試合数平均出場時間平均得点平均アシスト数平均スティール数
11試合22.2分12.6点3.1個1.5個

その当時の記録は上記の通りで、この頃から大物の片鱗を見せていましたね。

ちなみに、河村選手はバスケだけではなく勉強面でも優秀で、スポーツ推薦の「アスリートコース」ではなく、大学進学を目指す「進学コース」に在籍していました。
井手口コーチ曰く「勉強一本に絞っていれば東大も狙えた」という学力の持ち主だったそうです。
一流の選手は文武両道を実現しているのですね。

その後、東海大学に進学します。
このタイミングで新型コロナウィルスによるパンデミックがあり、大学での試合数は他の年に比べて圧倒的に削減されました。
インカレは通常のリーグ戦ではなく、オータムカップ2020として開催されましたが、河村選手は1年生にして東海大学を日本一へと導きました
3ポイント王も獲得し、大学でも通用することを証明します。
大学シーズン後にはBリーグの横浜ビー・コルセアーズに特別指定選手として加入し経験を積みます。

2年時にも活躍の勢いは衰えません。
関東リーグでは、アシスト王とベスト5を受賞。
インカレでは、白鳳大学に敗れ準優勝でしたが、アシスト王を獲得し「司令塔」として存在感を表します。
前年に引き続きBリーグの横浜ビー・コルセアーズに特別指定選手として加入し、存在感を益々発揮します。

https://basketballking.jp/news/japan/univ/20220304/361674.html

その2021-22シーズン中の2022年3月、河村選手は一つの決断をします。
大学を退学し、プロ契約する。

その理由は、2年後に迫る「パリオリンピック」に出場するため、でした。
大学での試合数や強度などを考えると、それまでに間に合わないと考えたのです。
プロ契約しても退学する必要はありませんし、通信で単位を取る道もありましたが、バスケ一本に専念する意思が固く、退学の決断したのでした。

横浜ビー・コルセアーズに特別指定として加入した際の主な成績は以下の通りです。

シーズン出場試合数平均出場時間平均得点平均アシスト数平均スティール数
2020-2116試合21.3分6.0点3.4個1.6個
2021-2232試合23.6分10.0点7.5個1.3個

河村勇輝選手にとって、東海大学での2年間は単なる通過点ではなく、フィジカルを鍛え、司令塔としてのIQを磨き上げた重要な期間でした。
大学バスケで得た「日本一」の経験と、あえて厳しい道を選んだ決断力が、現在の彼を形作っています。

そんな大学時代の経緯は、東海大学の恩師である陸川監督が書籍で語っています。
興味のある方は読んでみてください。

2022-23シーズンからは正式にプロ契約を結び、横浜ビー・コルセアーズに所属。
この年の活躍は目覚ましいものがありました。

司令塔、スコアラーとして牽引し、チームとして初のチャンピオンシップ出場に導きます。
そして、Bリーグ史上初の最優秀新人賞レギュラーシーズン最優秀選手賞(MVP)を同時受賞。
アシスト王、ベストファイブにも選出されました。

その後、2023-24シーズンまで横浜で過ごします。

https://basketballking.jp/news/japan/univ/20220304/361674.html
シーズン出場試合数平均出場時間平均得点平均アシスト数平均スティール数
2022-2352試合28.2分19.5点8.5個1.6個
2023-2456試合30.4分20.9点8.1個1.1個

これらの活躍が認められ、日本代表に選出されます。
代表としての活躍は語るまでもないかと思いますが、沖縄開催となった2023年ワールドカップでの活躍は衝撃的でした。

フィンランド戦での歴史的勝利に貢献。
この試合での河村勇輝はゾーンに入っていました。
25得点・9アシストを記録。特に第4クォーターに相手のNBAスター、ラウリ・マルカネン選手を翻弄して決めた3ポイントシュートは大会のハイライトとなりました。

ベネズエラ戦でも19得点・11アシストを記録するなど、アジア1位の座(パリ五輪出場権)獲得に大きく貢献。
平均アシスト数(7.6本)で大会3位にランクインしました。

そして目標としていた「パリオリンピック出場」を果たすのです。
まさに有言実行、これが河村勇輝です。

その活躍も見ごたえがありました。
特に、開催国フランス戦は世界中を驚かせた「伝説の一戦」となりました。
NBAのスター選手や、222cmのウェンバンヤマ選手を相手に3ポイントや鋭いドライブで得点を量産。第4クォーター終盤までリードを奪う原動力となりました。

この活躍で世界に注目された河村勇輝選手は、NBAへと羽ばたくことになったのです。

河村選手の足元を支えるバッシュ:ASICSとの強力なタッグ

河村選手の代名詞とも言える、スピードを活かした素早い切り返しやステップワークを支えるのが、日本が誇るスポーツブランドASICS(アシックス)のバッシュです。

バッシュへのこだわりは、ローカットで軽量であること。
プレースタイルから足元で俊敏に切り替えしていくことが多いため、足首が動きやすいローカットであることが前提だそうです。

https://www.asics.com/jp/ja-jp/unpre-ars-low-2-rt/p/1063A107-400.html

河村勇輝選手が直近で使用しているバッシュは、ASICS UNPRE ARS LOW 2
このカラーは河村選手のスペシャルエディション。こだわりの逸品です。

 今回の商品は、河村選手が着用している「UNPRE ARS LOW 2」のスペシャルエディションです。河村選手の「原点(ルーツ)」をコンセプトに、自宅の庭で父親が作ったバスケットゴールに向かい、毎日のようにシュートを打ち続ける際に見える、夕暮れ時の空の色「紅掛空色(ベニカケソライロ)」をイメージしたノスタルジックなカラーを全体に採用しました。また、かかと部のグラフィックは庭の木漏れ日をイメージしたデザインとなっています。

https://corp.asics.com/jp/press/article/2025-05-02

2025年12月1日にはアシックスより、河村勇輝選手と共同開発したシューズ「SWIFTACE YUKI」が発表されました!

https://corp.asics.com/jp/press/article/2025-12-01_basketball_swiftaceyuki


https://corp.asics.com/jp/press/article/2025-12-01_basketball_swiftaceyuki
河村選手のようにスピードを武器とする選手のために作られたシューズのようです。
今後はこのバッシュを履いてプレーすることになりそうです。

河村選手のアシックスへのこだわりは学生時代からで、中学時代・高校時代もアシックス着用でした。
大学時代は、チームの方針からかナイキ(カイリー7)を履いていた時代もありましたが、プロ契約後はまたアシックスに戻っています。

  • 福岡第一高校時代:アシックス グライドノヴァFF
  • 東海大学時代:ナイキ カイリー7
  • プロ契約後:アシックス グライドノヴァFF2
          アシックス UNPRE ARS LOW 2

これからも河村選手とASICSのバッシュは切り離せない存在であり続けそうです。

河村勇輝選手はじめ、日本人バスケットボール選手のバッシュをまとめていますので、興味がある方はこちらもご覧ください。

彼女の存在:報じられた熱愛情報

河村選手のプライベート、特に「彼女」に関する情報は、一部の週刊誌等で報じられています。
そのお相手はインフルエンサーやアーティストとして活動している中森美琴さん。
お二人の関係は単なる噂にとどまらず、マネジメント会社も認める「公認」の間柄として知られています。

  • 2023年10月に、河村選手と中森美琴さんとの熱愛が報道されました。
  • 報道によると、お二人は高校の同級生であり、在学中から交際関係にあったようです。
  • 中森さんは、報道当時、「アイドル志願」をしていた方であり、オーディション番組への参加経験などもある。
  • 2024年5月には、河村選手の試合を観客席で応援する中森さんの姿が目撃されるなど、その後も交際は順調に続いている様子です。
  • 2024年から2025年にかけて、河村選手がNBA挑戦のために渡米した後も、二人の絆は続いているとのことです。

中森美琴さんは、河村選手にとって高校時代からの「戦友」とも言える存在であり、お互いのキャリアを尊重し合う理想的な関係を築いているようです。
河村選手が厳しいNBAサバイバルの日々を送る中で、彼女の存在は精神的な大きな支えになっているに違いありません。
暖かく見守っていきたいですね。

これらの情報は、プライベートかつ敏感な情報であり、公的な発表ではなく、あくまで報道された内容に基づくものです。

まとめ

河村勇輝選手のNBAとの契約状況や過去の経歴、バッシュへのこだわり、彼女についてまとめました。

シカゴ・ブルズとの契約解除は、河村選手にとって大きな挫折かもしれませんが、NBAへの挑戦自体が終わったわけではありません。

この負傷とリハビリ期間は、彼のキャリアにおいて一時的な「立ち止まり」であり、今後のプレーを支えるためのフィジカル強化や、戦術理解を深めるための貴重な時間となります。

彼の驚異的なスピードとスキルは間違いなくNBAレベルにあります。
怪我を完全に克服し、再び世界の舞台で躍動する河村選手の姿を、ファンは心から待ち望んでいます。次の契約先がどこになるにせよ、彼の挑戦はこれからも続いていくでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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